月夜見 “さくら咲く” 〜大川の向こう より


今年はあれでも暖冬だったそうで、
しかもしかも、
適度にきゅううっと冷え込む日もあったのが、
桜の蕾にはいい効果をもたらしたようで。
四国や九州といった南のほうでは、
例年よりほんの少しほど早くも咲き始め、
四月を待たずに満開になってしまったところもあるとかで。

『梅が咲いて沈丁花が咲いて。
 それから桃に、菜の花も咲いて。』

モクレンの蕾が膨らんで来るのと競争するように、
桜も蕾がほころび始めるのよと、
マキノさんが教えてくれたのはいつだったかな。
何だか毎年聞いてるような気がするなと言ったらば、

 『そりゃお前、
  毎年毎年同じことを“何でだ?”って訊くからだろうが。』

可笑しそうにエースが言って、

 『あ、そっか。』

な〜んだって笑うと、周囲の大人がどっと笑う。
え?え? 何だなんだ?と
何が可笑しかったかが判らずに、
キョロキョロしてしまう小さな王子へ、

 『いいんだいいんだ、ルフィはそれで。』

大きい手のひら、坊やの頭の上へ乗っけて。
赤い髪ざんばらにした磊落な父上が、
だっはっはっはと、殊の外 大声で笑ったものだった。

 “今年は訊かないもんね。”

さすがに、もう小学生になったのと、
あれってつまりは自分が笑われていたのだと、
やっとのことで気づいたからで。
坊やの言いようがあまりに可愛かったからだという、
至って性分(たち)のいい笑いだったと気づくのには、
まだちょこっとかかりそうだが、
だからこそ…もう笑われてなんかやんねと、
微妙にムキになってもいるらしく。

  とはいえ

疑問が全くなくなったって訳じゃあない。

“毎日毎日すぐそばを通るのにな。
 何で、結構いっぱい咲いてから、
 あらまあ、もうこんな咲いてたんだって気がつくんだろ。”

中洲の里には、基本 お店屋さんはない。
造り酒屋がお酒や漬物を小売用にも置いてたり、
ゾロんとこの粉屋さんが、
小麦粉や米を余計に置いてたりする他といったらば。
艀(はしけ)が着く船着き場に、
ハンカチやら新聞やらガムなんていう
ちょっとしたものがおいてある窓口があるのと、
ジュースの自動販売機が置いてある程度。
昔は雑貨屋さんてのもあったんだけど、
大川を渡った向こうの町まで、
ほんの数分もかからないようになったから、それで。
小さなコンビニさえまだないというお呑気さであり、
そして、お母様がたは毎日のように、
船着き場までをやって来るのにね。

 「おや、ルフィちゃんじゃないか。」
 「どうしたね。春休みなんならゾロもガッコじゃなかろうに。」

今も、買い物帰りだろうおばさんたちが、
着いたばかりの艀から降りて来がてら、
たった一人で立っていた、中洲で一番人気の坊やに気づき、
次から次へお声を掛けてくださって。
ついでというか、何てのか。
仲良しさんのお名前や、
どれほどの入れ込みようかまで知られているところは…ご愛嬌か?
そして、そんな風に訊かれた側は側で、

 「ん〜と、ゾロは一緒じゃねぇんだな。」

あんな? おれはここの桜を見に来ただけだ、と。
そう言って、
人だけじゃあなく荷物も運んで来た艀から、
それを受け取る小型のトラックやミニバンなどが、
乗り入れて来るロータリー代わりの広場の傍ら。
土手の下辺にちょこなんと植わっている、
微妙に小ぶりの木を指差して見せる。

 「あ、そういやこれも桜だったねぇ。」
 「おや、結構咲き始めてるじゃないか。」

偉いねぇ、ちゃんと気がついたのかい?
ルフィもさくらが好きなんだねぇ、と。
朗らかに微笑ったおばさんたちが、
じゃあねと帰ってゆくのを見送ってから、
再び…件(くだん)の桜へと向き直る坊やであり。

 “…なんで気がつかないんだろ?”

たんまにしか来ない おれなんかより、
毎日ここを通ってるんだろうになと。
あれれぇ…?と、
今日も新しい“はてな”を抱えてしまった坊ちゃんだったが、

 「…わっ。」

川の上を渡って来たらしき少し強めの風に、
羽織っていたカーディガンの裾がはためく。
お出掛けするとも言わぬまま、勝手に出て来たもんだから、
そんな薄着だったルフィなのへ、

 「何してるかな、お前は。」
 「はや、ゾロだ。」

真っ向からの風だったんで、
ありゃりゃとお顔を庇ってたから 気がつかなかったけれど。
実は少しほど押し負かされてたようで、
そんなな坊やを ぼすんと、
その懐ろで受け止めてくれたのが、
どこから来たやら、
そちらさんはジャンパーにGパン姿の小さな剣豪殿であり。

 「どっか行ってたんか?」
 「いや、俺は。」

視線を上げ、顎でしゃくるようにして示したのが、
船着き場の横手の小さな事務所。
小船が宅配便も運ぶため、
艀の運行管理事務所が代行を営んでいるのだが、
そこへと何か荷を持って来た彼であったらしく。
言葉少ななお返事が、どこまで通じているものか、
ふ〜んというお顔を一応はしたものの、それも瞬間的なもの。

 「あんなあんな?」

小さな王子は自分の側の事情を口にする。

 「ここの桜って、一番いっぱいの皆で見てんのに。
  なんで皆 咲いてるの気ぃつかんないのかな。」

さっきも酒屋のおばちゃんとか根岸のおばちゃんとか通ってサ。
あら咲いてたんだって、知らなかったみたいにゆってた、と。
それが何でだかご不満ならしく、
ちょっぴり唇尖らせている坊ちゃんだったりし。
そして、

 「う〜ん。」

だってさ、テレビのにゅうすでさ、
どっかのでっかい桜が咲きましたとか、
どっかの並木がきれぇですとか、
わざわざしょーかいされてんじゃん。
そういうのには綺麗ねぇって
見事ねぇってゆーのにさ。
こんな間近いの気ぃつかないなんてさ…と。
聞いてくれる人が現れたのをこれ幸いに、
拙い言い回しを何とか連ね、懸命に語った坊やへと、
さして年の差はなかろう、しかも剣道一筋のお兄さんが、
うんうんと聞いてやっていたのだが。

 「案外と こっちのはさ、
  皆こっそり大事にしてんのかも知れねぇぞ?」
 「…………え?」

ほれ帰るぞと促しがてら、
大方 家人に無理から押し付けられたのだろ、
首に引っかけるだけとしていたマフラーを、
おちびさんの首へと譲ってやるゾロだったのへ、

 「何だそれ、何でだそれ?」

なあなあと身を寄せ、お顔を見上げてくる坊やなのへ、

 「あんな? 朝の艀で大町のガッコ行くときにサ。」
 「うん。」
 「大町の方を向いてる人ばっかじゃねぇんだよな。」
 「う?」

川向こうにはJRの駅もある。
なので、小学校高学年生と中学生の他、
高校生や大学生、会社へ勤めに出る人も、
朝の艀に乗って向こう岸へ渡ってくのだが。
そんな人たちの中には、
あ〜あ面倒だなぁって顔で里の方を眺めてる人も結構いるし、
中には、じ〜っと何かを見つめてる人もいる。

 「あの桜、見てんのか?」
 「そこまでは判んねぇけどよ。」

でもさ、だったらさと、
やっぱり坊やはご不満らしくて。

 「風見の公園の大桜が大きいから、
  花見だったらそこってのも判るけどサ。」

同じ木なのになって、
咲いたねぇって立ち止まる人がいないなんて、
何か ふこーへーじゃんかって、
ちょびっと思ったんだもの、と。
巻いてもらった襟巻きに、小さな顎を押し込んで、
珍しくもうつむく坊やだったので。

 「毎日見てっと、気がつけないものってのもあるんだって。」
 「…? なんだそれ?」

見てんのに判んないのか? 変だぞ、それ。
どんなうっかり屋さんだと、
今度は純真にびっくりする坊やなのへと、

「だから…。
 ああ、これってもしかして満開?なんてところまで咲かなきゃ、
 ガバッて気がつけないものってのはあるらしいんだと。」
「???」
「じゃあ、ルフィはよ。俺の身長、なんぼか知ってるか?」
「えと、う〜んと。148センチっ。」

途端に ぶ〜〜〜と、にべもなく外れだぞとのお返事が返って来。

 「残念、152センチだ。」
 「え〜? 嘘だ嘘だ、こないだ風呂屋で測ったじゃんか。」
 「こないだって ありゃ先々月だろうが。」

そんでも、えっと、えっと…4センチも増えたんか? すげぇ〜〜と、
大きな双眸を うるうるさせつつ感心する坊やへ。
増えたんじゃなくて伸びたんだよと指摘してから、

 「ほれ、気がつかなかっただろうが。」
 「う……。」

毎日見てるもんほど、
案外 その変りように気がつかないってことはあるんだと…と。
まだ小学生だってのに、そんなまで奥深いこと、口にした剣豪さんだったのは、

 “木更津のおばちゃんが、
  毎年毎年俺を見ちゃあ 大きくなったって大騒ぎしやがるもんな。”

たまに会うからこそ、うわぁ いつの間にと驚くが、
毎日顔を突き合わせていると、
そんな指摘を外からされるまで、存外気がつけないもので。

 「…そっか、毎日見てっと気がつけないんか。」

成程なぁなんて、一端の大人みたいな言いようまでし、
小首を傾げちゃあ“ふ〜ん”を連発している王子様へ、

 で? 何でまたお前は、そんな薄着であんなとこまで出てたんだ?
 う? えっとな、艀の鐘が聞こえたからだっ。

風向きによっちゃあ 丘の上にあるルフィの家まで、
結構な距離があるにもかかわらず、
出発を告げる鐘の音が、届く日もあったりするのだが、

 「そのたびに飛び出してくんのか、お前は。」
 「……今日は違げぇもん。」

ゾロが、午前は遊べないってゆってたじゃんか。
それって出掛けてるからかなって思ったから…と、
言葉がどんどん尻すぼみになってったのは、

  待ち受けてるように思われるのは、
  小さな彼なりに、やっぱり癪だったりするのだろうか。

今は白状させられたのが癪か、むうと唇の先を尖らせるのへ、
何だかなぁと洩れそうになる苦笑をこらえ、

 「すまん。」
 「いーや許さんっ。」

罰としてこれからウチ来て遊べっ。
うあ、そう来るかっ。
前になったり後になったり、
ちょこまかとまとわりつく、
子犬みたいな歩きようをするおちびさんを、
従えてか従ってか。
丘の上までの坂を上ってく、小さな仲良しの二人連れへ。
いい色の出た竹矢来の垣根越し、
膨らみかかったネコヤナギが、
バイバイと手を振ってた四月の初めの昼下がり。


  週末にはお花見ですね、いいお天気になればいいねvv




  〜Fine〜  10.04.02.

  *カウンター 346、000hit リクエスト
   ひゃっくり様 『“大川の向こう”設定で お花見のお話』


  *随分とお待たせしてしまってすいません。
   この時期は特に
   睡魔のお誘いがひどくって…じゃあなくて。(こら)
   裏手のお家の桃も清楚に咲いておりまして。
   暦の上だけじゃなく、見た目もすっかり春ですのにね。

    何なんでしょうか、
    ここんところの相変わらずの冷え込みようは。

   昨夜なんて、台風かという大嵐が吹き荒れてましたしね。
   桜の開花が早かったところは、
   吹き飛ばされないかとハラハラしてたんじゃないかしら。
   そんなせいですか、肝心な花見に至っておりませんが…。
   おっさんたちが酒飲む名目にしているだけの桜も、
   このお年頃の坊やには、
   飽かず眺めてたいお花なんでしょうよね、きっとvv
   ぽかんと口開けて見上げてるルフィがまた、
   皆さんからの視線を集める、かあいらしい存在となってたり?
   ああ、わたしめも、
   いいお日和の中、のんびりお花見したいもんです、はい。


  
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